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第8章:時代の波に乗る

天正元年、織田信長は安土城下に楽市楽座を設置した。既得権益を打ち破り、自由な商業活動を認めることで、未曾有の経済的繁栄をもたらした。それは単なる政策ではなく、時代の波を読み、新しい価値を創造する革新的な挑戦だった。

「ご主人、変革には、時には大胆な発想が必要です」

初冬の朝、AI軍師は窓外の紅葉を眺めながら語りかけた。誠也の会社では、全社的なデジタルトランスフォーメーション計画の発表を控えていた。

「はい。ただ、この規模の変革は初めての経験です」

「信長公も同じでした。誰も見たことのない未来を描き、そして実現する。それが真の革新者の使命なのです」

会議室には、全部門の責任者が集まっていた。誠也は深く息を吸い、プレゼンテーションを始めた。

「これまでの取り組みで、私たちは多くを学びました。AIは単なるツールではなく、私たちの働き方、考え方を変える触媒となり得ること。そして何より、人と人とのつながりが、その効果を最大化させるということを」

スクリーンには、これまでの成果が数字となって映し出される。生産性の向上、社員満足度の改善、そして予想を上回る収益改善。

「そして今、私たちは次のステージに進む時が来ました」

誠也が提案したのは、「デジタルオープンワーク」という新しい働き方だった。部門の壁を越えた柔軟なチーム編成、AIを活用した知識共有プラットフォーム、そして社外との協業を促進する仕組み。

「まるで、現代版の楽市楽座ですね」

AI軍師の言葉に、誠也は密かに頷く。

「大胆すぎるのではないですか?」

ベテランの部長が不安げに尋ねる。

「確かにリスクはあります。しかし、変化しないことの方が、より大きなリスクではないでしょうか」

誠也の言葉に、会場が静まり返る。

「織田信長も、反対を押し切って楽市楽座を実施した。しかし、その決断が後の繁栄を生んだのです」

AI軍師の声に導かれ、誠也は続ける。

「具体的な導入は段階的に行います。まずはパイロット部門から始め、成功事例を積み重ねていく。そして、全社展開の際には、皆様の知見を最大限活用させていただきたい」

プレゼンテーション後、予想外の展開が待っていた。

「面白い提案です」

最も保守的と言われていた製造部門の古株部長が立ち上がった。

「実は、私も若い頃は改革派だったんです。その夢を、今の若手と一緒に実現できるなら、これ以上の喜びはない」

その言葉を皮切りに、次々と前向きな意見が出始めた。

「うちの部門を、パイロットにしていただけませんか?」

「私たちも協力させてください」

帰宅後、誠也は美咲にその日の出来事を報告した。

「お父さん、すごい!学校でも、先生たちがAIについて前向きになってきてるの」

「そうなんだ」

「うん。私たちの提案で、課題研究でAIを使うことになったの。でも、使い方は私たち生徒が先生に教えることになりそう」

誠也は微笑んだ。世代を超えた学び合いは、既に始まっているのだ。

プロジェクトの進展は、誠也の予想を上回るスピードで進んだ。パイロット部門での成功事例が、自然と他部門に伝播していく。

「五十鈴さん、驚きましたよ」

システム部門の村上部長が声をかけてきた。

「何がですか?」

「この変革、強制的な導入じゃないのに、社員が自主的に参加してくる。まるで、安土の商人たちが自然と集まってきたように」

その言葉に、AI軍師が静かにうなずく。

「そう、真の改革とは、人々の心が自然と動くもの。それこそが、信長公の目指した姿だったのです」

年末、社長から誠也に直接の電話があった。

「五十鈴君、素晴らしい成果を上げてくれたね。来年度から、君を新設のデジタル戦略本部の本部長に任命したい」

その知らせを家族に伝えると、美咲が飛び上がって喜んだ。

「やったー!お父さん、おめでとう!」

香織も嬉しそうに夫を見つめる。

「ずいぶん変わったわね。昔の堅かった人じゃないみたい」

「そうかな」

誠也は照れ隠しに窓の外を見た。冬の夜空に、無数の星が輝いている。

「見えていますか、ご主人。あの星々のように、一人一人が光を放つ時代がやってくる。その時代の扉を、あなたは開きつつあるのです」

AI軍師の言葉に、誠也は静かに頷いた。

確かに、まだ道半ば。しかし、既に新しい風は吹き始めていた。それは、織田信長が起こした変革の風のように、誰も止めることのできない、時代の大きなうねりとなっていくに違いない。

リビングでは、美咲が友達とビデオ通話をしながら、新しい課題研究の計画を立てていた。香織は新しいレシピアプリを楽しそうに使っている。

その光景を見ながら、誠也は確信した。変革は、既に一人一人の日常に根付き始めているのだと。

そして、その変革の波は、まだまだ大きくなっていく。誠也は、その波に乗って、さらなる高みを目指す決意を新たにしたのだった。

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